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福岡高等裁判所 昭和61年(う)559号 判決 1988年1月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官岡準三が差し出した控訴趣意書(福岡地方検察庁小倉支部検察官佐藤謙一作成名義)及び弁護人砂田司が差し出した控訴趣意書(同弁護人及び弁護人木﨑博連名作成名義)に記載されたとおりであり、前者に対する答弁は弁護人らが差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

検察官の控訴趣意(法令適用の誤りの主張)について。

論旨は、本件公訴事実中、「被告人がMに対し殺人未遂(被害者V)の犯行に使用されたけん銃一丁及び右実包二発を手渡したうえ、同事件の犯人として逮捕されたAの身代わり犯人となるよう教唆し、右Mをしてその旨決意させ、右けん銃一丁及び実包二発を持つて福岡県小倉北警察署に出頭し、同人自身が右けん銃を使用して前記殺人未遂の犯行に及んだ旨虚偽の事実を申し立て、もつて、罰金以上の刑に該る罪を犯した者である右Aを隠避せしめることを教唆した。」との点につき無罪を言い渡した原判決は刑法一〇三条の解釈及びその適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れないというのである。

所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取り調べの結果を参酌して検討するに、原審取り調べの関係各証拠ならびに当審において取り調べた証人B、同Cの各供述、Aの司法警察員及び検察官に対する各弁解録取調書謄本、同人の裁判官に対する供述調書(勾留)及び検察官作成の捜査報告書によれば、以下のとおりの事実が認められる。

(一)  暴力団甲会二代目乙組組長であるAは、配下組員の喧嘩に対する丙一家の仕打ちが組長としての自己の面子をつぶしたとして立腹し、丙一家総長代行であるDと会つて決着をつけようと考え、昭和六一年二月八日午後一一時三五分ころ、福岡県北九州市小倉北区堺町一丁目五番五号ニュー南国ビル内にあるクラブ「キャッツアイ」に赴き、同店内七番テーブルにDと対面して坐つたが、右両名のほか丙一家側がVら七人、甲会乙組側が被告人、Mら四人が右D及びAを中心に通路上に取り囲む形で立つたり坐つたりしていた。そのうち些細なことから口論の末、右Aが所携のけん銃を発砲し、それに対し丙一家側がウイスキーびんなどで殴りかかりAのけん銃を奪い取るなどして双方乱闘となり、結局、丙一家側のVがけん銃弾による右胸部銃創等の傷害を負う事件が発生した。(二) 警察は関係者の供述が「銃の発射音を聞いた。」「発射音がAとDが坐つている方向からした。」というほかに、一応けん銃の発砲者と目された右Aを翌九日に逮捕して取り調べを開始した。しかし、同人は犯行を否認し同月一一日の取り調べに対し「俺は何も覚えていない。俺がけん銃で撃つたようになつているが、俺は知らん。」と供述し、その後の裁判官の勾留質問に対しても「その日時現場にいたことは事実ですが、私はけん銃を所持していた事実もなく発砲した事実もありません。」と述べ、その後も否認の態度を変えず、「調書がない方がいい。」「丙一家が仕組んだことで俺はそれに引つ掛かつただけだ。」といつて殺人未遂事件について否認し続けた。(三) 他方、警察は犯行現場に同席していた暴力団組員、「キャッツアイ」のホステスや従業員、客等の参考人に対する事情聴取を同月九日から一二日ころまで何回も行なつたが、丙一家の組員の中にAがけん銃を取り出して撃つ状況を目撃した者はおらず、Aのいたあたりでけん銃を取り上げる状況を見た者はいたものの、これが相手側組員の供述であるため直ちに警察の信用するところとならず、また、ほとんどの参考人は「けん銃の発射音は聞いた。」と供述するが、その発射音の数に食い違いがあるうえ、銃撃が暴力団員の入り乱れている最中に敢行されたこともあつて、けん銃は何丁で誰が所持し、誰が誰に向けて発砲したのかという点について明確に供述する者はいない状況であつた。(四) ところで右A逮捕を同月九日のテレビニュースで知つた被告人は、同日午後七時ころ同区三郎丸○丁目○○番○○号乙組事務所前駐車場において、Mに対し「どうしても組長を助けないかん。判るやろ。事件の現場にいたのは、俺とお前だから、どつちかが身代わりに出るしかない。」「俺が身代わりに立つより、お前が出た方が自然だ。」等と申し向け、同月一〇日小倉北警察署に出頭して事情聴取を受けた際、警察官から「身代わりを立てるとか匿名の電話でけん銃を持つてくる(すでに丙一家の組員からの電話で別のけん銃一丁が植え込みから出た。)とかの小細工をするな。」と念を押されていたにもかかわらず、同日夜本件けん銃一丁を用意して同月一一日午後九時ころ、あらかじめ受け渡し場所として指定した同区明和町一番一四号読売新聞西部本社前路上において、右Mに対し前記けん銃一丁及びその実包二発を手渡したうえ、重ねて「警察に行つたら、最初についた嘘をあくまで貫け。どんなに追及されても自分が撃つたんだということで押し通せ。」「四発撃つているので絶対間違わんよう言えよ。」等と申し向けて右Mにおいて右Aの身代わり犯人となるよう教唆し、右Mをしてその旨決意させ、同人において同月一二日午後零時二〇分ころ、右Aの身代わりとして本件犯行に使用されたけん銃等を携帯して小倉北警察署に出頭し、右M自身が右けん銃を使用して前記殺人未遂事件を犯した犯人である旨虚偽の事実を申し立てた。(五) そこで警察は、直ちにMを銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反で現行犯逮捕し、その申し立ての真偽について同人の人定事項等裏付け捜査を開始し、更に同月一六日まで前記店の経営者やホステス、従業員を再三参考人として取り調べた。(六) このように捜査が混迷している間、同月一三日にもAは依然として「事件のことは知らん。」と否認を続け「丙一家の供述はお互い同じ極道であるのでどんなにでもなる。」「警察で最初供述しなければ、いくら最高裁に行つても大きくそれがものをいう。だから俺は調書を作成させない。」との態度をとり続け、同月一四日弁護人と接見してMが身代わり自首してきたことを知るや、意を強くし「Mがけん銃を持つて、おれが弾いたと言つて出てきたらしいですね。本物のけん銃を持つてMが出てきているんだから、俺は無実なんだ。何で俺を釈放せんですか。」等と居直り、その否認の態度を一層硬化させた。(七) 一方、Mの取り調べも併行して行なわれたが同人は「事件の詳しい状況やけん銃の動き等については、今は言いたくない。」と供述を拒否したので、殺人未遂事件の取り調べは行なわず、同人の内妻や前妻の取り調べ、「キャッツアイ」のホステス、店の経営者や従業員、客及び暴力団組員の取り調べ等を先行させたが、その中にはAの犯行の目撃状況を供述する者もいる一方では反対の供述も存在し、客観的証拠によつて同事件の犯人を特定することは困難な状況であつた。(八) 同月一七日Mにポリグラフ検査を行なつたが、その結果は「M自身がけん銃を発砲した。」との点と「Aが発砲した。」との二点に強い反応が出るなど真犯人との断定が困難であつたばかりか、M自身は、自分が殺人未遂事件の犯人である旨主張し続けたため、C特捜班長は、Mの供述が真実であれば、Aを殺人未遂で起訴することはおろか、同人を誤認逮捕として釈放しなければならないことにもなりかねないと考え捜査は渋滞した。(九) Mは、逮捕後一四日目の同月二六日に至りようやくAのための身代わり自首であることを認めるに至り、その二日後の同月二八日にAは「Mも大分がんばつていたですね。本当のことを話したらしいですね。それじや仕方ありません。」と申し立て自分が犯人であることを自供したものである。(一〇) なおMは、昭和六一年五月二九日福岡地方裁判所小倉支部で本件犯人隠避罪により懲役一年、三年間執行猶予の判決言渡を受け、右判決は同年六月一三日確定した。

以上認定の事実によれば、Mが警察に身代わり自首した当時は捜査がまだその緒についたばかりで証拠も十分整わず、関係者も全面的には信用できない対立暴力団員や、状況について曖昧な認識しか有していないホステス等従業員や客ばかりであり、使用銃器の数、種類、発砲者の数とその人物が誰であるかなど、不明な点が多く、基本的な証拠が収集されていない段階であつたところ、Mの右自首により、捜査官はさらに同人に対するポリグラフ検査や多数関係者の事情聴取を重ね、Mの供述の裏付け捜査に従事するなど、徒らに時間と人員の浪費を余儀なくされただけでなく、殺人未遂の真犯人がAであるのか否か捜査官に不安、動揺を生じさせ、犯人の特定に関する捜査が少なからず混乱、妨害させられたことは明らかである。一般に身代わり自首はそれ自体犯人の発見、逮捕を困難にし捜査権の作用を妨害するおそれがある行為として犯人隠避罪を構成するものと解すべきであるばかりでなく、いわんやMの右行為は、現実にも捜査の円滑な遂行に支障を生じさせる結果を招いたこと前記のとおりであるから、逮捕勾留中の犯人であるAが釈放される事態が生じなかつたとしても、犯人隠避の罪責を免れないことは明らかである。

原判決は、刑法一〇三条の「隠避せしめた」の意義について、同条は罰金以上の刑に該る罪を犯したとの嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者(以下、本犯という。)を「隠避せしめる」ことを予定していないし、仮に一歩退いて考えても、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者の場合、これを「隠避せしめた」といえるのは、隠避行為の結果、捜査官憲が誤つて、本犯の逮捕勾留を解くに至つたときに限られ、そこまで至らずそのまま官憲が本犯の逮捕勾留を続けたときには「隠避せしめた」ものとはいえないとして、犯人隠避罪の成立を否定するのであるが、この見解は同条の立法趣旨が罰金以上の刑に該る罪を犯した者及び拘禁中逃走した者に対する官憲による身柄の確保に向けられた刑事司法作用の保護にあるとの解釈を立論の前提としているものであるところ、同条が広く司法に関する国権の作用を妨害する行為を処罰する趣旨、目的に出たものと解されることは異論を見ない(最判昭和二四年八月九日刑集三巻九号一四四〇頁参照)のであつて、原判決のいうように単に身柄の確保に限定した司法作用の保護のみを目的としたものと解すべき合理的根拠はなく、右前提に立脚した原判決の判断にはたやすく賛同できない。

以上のとおりであり、被教唆者であるMの身代わり自首行為は犯人隠避罪に該当するから、被告人の本件教唆行為は、犯人隠避教唆の罪を構成するというべきであり、これを否定した原判決は、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

弁護人の控訴趣旨(法令適用の誤りの主張)について。

論旨は、原判決は被告人が法定の除外事由がないのに同判示けん銃及び実包を所持したとの事実を認定し、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の各罪の成立を認めたが、被告人は銃砲刀剣類所持等取締法二三条に従い右けん銃を実包とともに警察に提出したものであつて、違法性を欠き前記各罪は成立しないのであるから原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、被告人が本件けん銃等を所持するに至つたのは、すでに認定したように、右けん銃等を前記Mに持たせて警察に身代わり自首させるためであつて、所論法条の規定する届出義務を履行するためのものとはいえないのであるから、所論は前提において失当である。論旨は理由がない。

よつて、弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、原判示罪となるべき事実と原判決が無罪とした犯人隠避教唆とは併合罪の関係にあり、一個の刑をもつて処断すべきものであるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決全部を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

原判決の認定した罪となるべき事実に、当審が認定した次の事実を付加する。

被告人は、暴力団甲会二代目乙組の若頭であるが、同組組長Aが、昭和六一年二月八日午後一一時三五分ころ、同県北九州市小倉北区堺町一丁目五番五号ニュー南国ビル二階クラブ「キャッツアイ」店内において、V(当時三七年)に対し、殺意をもつて、所携の回転式三八口径六連発けん銃(原審昭和六一年押第一二〇号の1)を発射し、同人に加療約一か月間を要する左手及び左前胸部貫通銃創等の傷害を負わせたとの殺人未遂の被疑事実により逮捕されたことを知るや、右Aをして同罪による訴追および処罰を免れさせる目的で、その身代わり犯人を立て右Aを隠避させようと企て、同月九日午後七時ころから同八時ころまでの間、同区三郎丸○丁目○○番○○号前記乙組事務所前駐車場において、同組組員Mに対し、「どうしても組長を助けないかん。判るやろ。事件の現場にいたのは、俺とお前だけだから、どつちかが身代わりに出るしかない。」「俺が身代わりに立つより、お前が出た方が自然だ。」等と申し向け、さらに同月一一日午後九時ころ、同区明和町一番一四号読売新聞西部本社前路上に駐車中の普通乗用自動車内において、右Mに対しあらかじめ被告人が入手していた前記けん銃一丁及びその実包二発を手渡したうえ、重ねて「警察に行つたら、最初についた嘘をあくまで貫け。どんなに追及されても自分が撃つたんだということで押し通せ。」等と申し向けて右Mにおいて右Aの身代わり犯人となるよう教唆し、右Mをしてその旨決意させ、よつて、同人において同月一二日午後零時二〇分ころ、同区城内五番一号福岡県小倉北警察署において、同警察署司法警察員警部補Eに対し、右けん銃一丁及び右実砲二発を提出するとともに、右M自身が右けん銃を使用しての前記殺人未遂事件の犯人である旨虚偽の事実を申し立て、もつて、罰金以上の刑に該る罪を犯した者である右Aを隠避せしめることを教唆したものである。

(右事実に関する証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の原判示所為中、けん銃一丁の所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項、実包二発の所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に、当審判示所為は刑法六一条一項、一〇三条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、右けん銃及び実包の各所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断し、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑に刑法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、暴力団幹部の地位にある被告人が凶悪な暴力団同士の抗争事件に関して発生した殺人未遂事件の犯行に使用されたけん銃一丁及び実包二発を所持した(原判示事実)ほか、右殺人未遂事件の犯人であるAをして同罪による訴追及び処罰を免れさせる目的で、判示のとおり、配下の暴力団組員のMを教唆して右けん銃等を持つて小倉北警察署に出頭させた(当審判示事実)という事案であるが、法秩序を無視する暴力団特有の考え方から敢行されたものであつて、動機に酌むべき事情は見出せないうえ、被告人の右けん銃等の所持は、Mが警察に出頭する際、同人が殺人未遂事件の真犯人であると警察官を信用させる道具として、被告人がいずこからかこれを入手してMに手渡した経緯があり、これは単に警察の求めに応じて犯行に使用されたけん銃等を素直に差し出すこととは性質の違う行為であること、被告人の本件教唆によるMの身代わり自首によつて、たとえ本犯の身柄拘束状態に変化を及ぼさなかつたとしても、そのため警察の捜査上重要な犯人の特定等に支障を及ぼし、国の刑事司法作用が妨害される具体的危険が発生したもので犯情悪質と認められること、他面被告人は昭和六〇年七月一五日(同月三〇日確定)競馬法違反の罪により懲役一年六月及び罰金三〇万円、五年間右懲役刑執行猶予に処せられたにもかかわらず、右執行猶予の期間中に本件犯行に及んだものであること等にかんがみると、被告人の刑責は重いといわなければならず、暴力団組織内部において組員が組長等幹部の身代わりに立つ例がみられ、Mも組織上若頭の地位にある被告人に教唆されたとはいえ、A組長を個人的に慕う気持ちも手伝つて本件身代わり自首を決意したことも窺われるなど被告人に利益な事情も有するのでこれらを総合勘案のうえ主文のとおり量刑する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺野芳朗 裁判官吉武克洋 裁判官大原英雄)

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